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月明かり










48
 私は口を開けたまま、恵を見つめていた。
 そんな私を、恵は優しく見つめ返した。


 「私は織田さんに促されて閉じていた瞳を開きました。道尾の顔の向こうに、惨めに両足を拡げた自分の姿が鏡に映り、気が狂いそうでした・・・・。でも 道尾はそんな私を 『綺麗だ 綺麗だ』 と何度も言いました・・・」
 「恵・・・恵は自分が京子さんの若い頃と似ていた事は知っていたのか?」


 「・・その事は後になって、織田さんと道尾から聞かされました・・」
 「・・そうか・・・・・・」


 「はい・・・その日の事は良く覚えていませんが、それから道尾はそのアトリエに頻繁に来るようになりました。そして自然と食事をするようになり、道尾(かれ)が作家である事、そこそこ売れている事、そして京子さんと言う女性と離婚を考えてる事を知りました」
 「・・・・・・」


 「私もいつしか自分の身の上話をするようになってました。道尾は思った以上に大人しく優しい人でした。いつのまに自分の父の姿・・・気付いた頃から家で仕事の愚痴を言ってた父、母に辛く当たっていた父、借金に苦しんでいた父・・・私は道尾に理想の父親を求めたのかも知れません・・・」
 「・・・・恵のは道尾に理想の父親像を見て、そして信頼して・・・・」
 自分に言い聞かせるような私の言葉だった。


 (・・・・・・・・)
 「僕は・・・恵は実家の借金の肩代わりに・・・その・・・結婚を受け入れたのかと思っていた」


 「いえ そうではありません。ただ 母はあなたが今 言った通り、借金の為 私が嫁いだと今でも思ってると思います」
 「そうか・・・・」


 「はい。・・・・父は道尾(かれ)が借金の肩代わりを申し出た事に対して、それまでの緊張が切れたのか それからしばらくすると体調を壊して入院して・・・・それで亡くなってしまいました」
 (・・・・・・・・・・・・)


 沈黙の後 私は思い出したように口を開く。
 「じゃあ 恵、道尾さんとの結婚生活は幸せだったのか? 僕と再会した頃話してくれたように・・・」
 「はい。京子さんとの離婚の原因は “お金”だと聞いただけで、その頃 私はいずれ道尾の妻になる気がしていました・・・・・後から思えば結婚と言う形に恋をしていたのかも知れませんね・・」


 「・・・・・・・・」
 「不思議なもので自分が恥ずかしい姿を晒した事なんかも その時は、すっかり忘れていたと思います」


 「・・・・恵」
 「・・・・・・はい」


 「道尾との・・・“その・・・・”」
 口ごもった私の諭(さと)すような声・・・恵の瞳の奥にはまだ、強い光が見える。


 「はい “その事”も今から正直に話します・・・全て」
 「・・・・うん」


 「道尾とは派手な式を挙げたり、披露宴を開く事はありませんでした。京子さんと離婚してそれ程 時間が経っていない事もあったからだと思います」
 「・・・・・・・」


 「何度か六本木のクラブ・・・当時 道尾が贔屓(ひいき)にしていたクラブで小さなパーティーを開いて、私を友人に紹介していました」
 「そのクラブと言うのは、京子が今 オーナーを務めてる店の前の店・・・僕らが再会した店だよね」


 「はい そうです」
 「・・・・・・・・・」


 「それで私は結婚すると同時に織田さんの元でモデルをする事はなくなりました・・・。結婚生活も少し歳が離れていると言う事だけで極々普通のものだったと思いました・・・・・・でも」
 「でも?」


 「はい・・・道尾と私の金銭感覚がかなり違ったんです。私はご存知の通り貧乏でした。道尾も貧しい時期があったとは聞いてましたが、私と結婚した時は本がかなり売れてる時で、何もしないでもお金が入ってきていました」
 「印税収入・・・・」


 「はい・・・でもお金があればあったでトラブルまで寄ってくるんですね」
 どこか悲しい響きだった。


 「お金に釣られてなのか、怪しい人達が道尾の所に出入りしてたんです・・・・・。それは私が今まで見てきたあの “取立て”と同じ匂いのする人間でした。・・・私は道尾に注意するようにお願いしましたが、いつも上の空でした・・・」
 「そうか・・・・道尾はその頃 ちゃんと本も書いていたのか?」


 「いえ・・・何冊か売れて・・その後はかなり行き詰っているようでした・・・・。だから その事が逆に道尾を“遊び”に走らせたんだと思います・・・・それで・・・」
 「それで?」


 「はい・・・・それで・・・・波多野・・・・・さんに」


 !・・・・波多野・・・・・。
 思い出したように、私の身体に緊張が走った。










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